大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和39年(オ)100号 判決 1966年4月22日

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人本庄修の上告理由について。

原審の認定したところによれば、金額八〇万円、満期昭和三〇年一二月三一日、支払地、振出地ともに津市、支払場所株式会社第百銀行大門支店、振出人上告人、受取人且つ裏書人訴外宮部幹雄なる本件約束手形すなわち判示にいう第二手形の所持人である被上告会社は、上告人及び前記宮部の申し出により書替に同意し、その結果、同年一二月一二日、被上告会社社員浦川静雄において、上告人より、上告人が満期同三一年二月八日、受取人宮部として振出した判示の第三手形を、これに宮部の裏書を得ることとして受取り、且つ右第二手形を上告人に手渡したのであるが、同日裏書を得るため浦川より宮部に渡された第三手形は、宮部がこれに裏書をする以前に宮部の妻により破棄されてしまい、また、前記の第二手形も同日上告人により不要になつたものとして破棄されたというのである。

原審は、右認定事実に基づいて、上告人は第二手形の手形金八〇万円及び被上告会社が右手形金の支払請求をした昭和三二年一二月一八日の翌日以降右手形金の完済まで年六分の場合による遅延損害金を支払う義務があるとして、その限度で被上告会社の本訴請求を認容したのであるが、所論は、手形を所持しない者は、その事情如何を問わず、除権判決を得なければ手形上の権利を行使し得ないものであるから、本件の場合、第二手形を所持しない被上告会社はその手形上の権利を行使し得ないものであると主張する。

手形(証券)は権利を表章する手段であつて、権利そのものではないから、盗難・紛失・滅失により手形を喪失しても、手形上の権利は当然に消滅するものではない。しかし、手形が呈示且つ受戻証券(手形法三八条、三九条)であることの結果として、手形を所持しなくては手形上の権利を行使し得ない。そこで、手形を喪失した場合につき、法は、公示催告を行なつて除権判決を得た者を、恰も手形を所持するのと同様に扱つてその権利行使を認めることとしている(民訴法七六四条以下)。手形を滅失したと称される場合についても右の手続を要するものとされている趣旨は、その手形が実は滅失しておらず、盗難・紛失の場合と同様他に権利者がいないとも限らないとするによるものである。

原則は右のとおりであるが、前記のように手形上の権利行使に手形の所持が必要とされるのは、手形債務者に対して債権者を確知せしめ、且つ、手形を受戻すことによつて債務者をして二重払の危険を避止せしめるのに役立つ点にその趣旨が存する。従つて、手形が何らかの理由によつて既に債務者の占有に帰している場合には、右の点の配慮を不要とするものと認められるから、債務者における手形の所持は右債務者に対する権利行使の要件とならず、また債務者は引換給付の抗弁をなし得ないものと解すべきである。このことは、本件のように、旧手形を回収してなす書替の合意に基づいて、旧手形となるべき約束手形が債権者から振出人に交付されたが、書替は実行されずに終り、しかも曩の手形は振出人によつて破棄されて滅失したという場合における当該手形債権者の振出人に対する権利行使についても、債権者の確知と二重払の危険避止の点からして、同様に云い得るものと解される。この場合は、振出人自身が手形を破棄して滅失せしめたのであるから、手形を滅失したと称される一般の場合について除権判決が必要とされる前記の趣旨は、当事者間ではこれを顧慮する実質的理由に欠けるものというべく、従つて振出人が右手形債権者の権利行使に対して除権判決のないことを理由にこれを拒否することは許されないものと解するのが相当である。そしてこのような例外を前記の原則に対して認めても、手形の呈示且つ受戻証券性や除権判決制度の基本を害することになるものとは解されない。また、右の見解によれば、本件のような場合については、手形債権者において更めて支払のための呈示をすることを不要とするものであるから、期限後において単純な請求があつたときに付遅滞の効果を生ずるものと解すべきこととなる。

以上によれば、その確定した事実関係のもとにおいて前記の限度で被上告会社の請求を認容した原判決には何ら所論の違法はないものと認められるから、これと異なる見解に立つ論旨は採用し得ない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官山田作之助の意見があるほか、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

裁判官山田作之助の意見は次のとおりである。

一 手形をはじめ船荷証券、倉庫証券等所謂流通証券にあつては、その証券を保持し、これを債務者に呈示する要があることはいうをまたない。従つて、紛失其他の理由によりその証券を有しない者は、当該証券上の権利を行使し得ないものというべきである。

二 よつて、証券を失なつた者に対する保護要件として、民訴法は、所謂除権判決手続なるものを認め、失なわれたる証券について所定の手続を得ることによりその証券の無効なることを確定し、依つてその証券の所有者(占有者)をして失なわれたる証券に基づく権利を行使し得ることとしているのである。

三 翻つて、本件事案を見るに原判決の確定したところによれば、本件係争手形は所謂書替の為め債務者にわたされたところ、債務者の手により破棄され、しかも書替手形は発行されておらないというのであるから、手形権利者たる被上告人が本件手形に基づき手形金の請求をなしたるに対し、債務者たる上告人は被上告人が本件手形を所持して居ないことを理由としてその手形の支払を拒むという抗弁は提出し得ないものというべきである。けだし、かかる抗弁を許すことは、信義誠実の原則ことに禁反言の法理に基づきその主張は許されざるものと解すべきであるからである。

四 以上の次第であるから、原判決が公示催告手続を経ずしてなされた被上告人の本件手形金の請求につき、その手形を破棄した上告人に対して、手形金の支払を命じたること結局において正当というべきである。

五 多数意見は禁反言の法理によらずして被上告人の請求を認容するもので、この点において多数意見とはその見解を異にするものである。

(裁判長裁判官 奥野健一 裁判官 山田作之助 裁判官 草鹿浅之介 裁判官 城戸芳彦 裁判官 石田和外)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例